
基本情報
呼称・諡号
- 即位後の呼称:天智天皇(てんじてんのう)
- 即位前の呼称:中大兄皇子(なかのおおえのおうじ・みこ)
- 幼名:葛城皇子(かづらきのおうじ)
- 和風諡号:天命開別天皇(あめみことひらかすわけのすめらみこと)
生没年
- 生年:推古34年(626年)※舒明天皇崩御時(641年)に16歳であったとする『日本書紀』の記述に基づく通説
- 没年:天智10年(671年)12月3日
- 享年:46歳
系譜
- 父:田村皇子(舒明天皇)
- 母:宝皇女(皇極天皇・斉明天皇)
- 同母兄弟:間人皇女(孝徳天皇の皇后)、大海人皇子(天武天皇)
人物像
中大兄皇子は、7世紀の激動の時代に律令国家の基礎を築いた中心人物です。クーデターから国家改革、そして外交危機への対応まで、まさに波乱万丈の生涯を送りました。
政治的功績と指導力
中大兄皇子といえば、まず思い浮かぶのが中臣鎌足らと決行した乙巳の変(645年)でしょう。蘇我入鹿を討った有名な政変です。この政変の目的は、天皇を中心とする中央集権国家の建設でした。